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SHIJIN BLOG

あなたに綴る。とあるブログの黙示録

 

あなたの批判記事に優しさはありますか?

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ネット上の炎上

ここ最近ネット上で炎上する案件を多く見てきた

一般的なモラルを逸脱する内容のブログの記事、法令違反に関する行為へ御擁護に関する記事等が上げられるだろう

たぶん今現在もベッキーに関する擁護に似た記事のエントリーが燃えている最中かと思う

多くの人が集まる記事では比較的自分も思う所を言いたくなってしまうのだろう、はてなブックマークやtwitter、facebookなどで拡散され炎上へと向かって行く

一部には炎上を狙っている人もいるのだが実際の所は「自分の思っていた事の認識が甘かった」場合が多い

ネット上にブログ等を通して情報を記載すると言う事

ネット上には多様な人間が存在する

1日に1000人、1万人と読み手が増えるに従い実際にきつい批判を浴びせる人間との遭遇する確立も上がって行くだろう

だいたい1%くらいは極端に自分の考え方とは違う人がいると思った方が良い

ブログなりネットなりで情報を発信する際にはその情報や文章が誰かが読んだ時に怒りを買わないか、モラルに反する行動にはならないかを考えてブログの初心者も発信した方が良いと思う

実際に私の周りで最近あった話

ある法令違反に抵触してしまう内容を投稿した方の事を軽い気持ちで擁護した内容を書いてしまった方がいらっしゃった-Aさん

そこに軽い気持ちでコメントを載せた-B、C、Dさん達

そこにはその内容を痛烈に批判したEさんもいた

他にも批判した人達は存在する

だが後日私は冷や汗を書く出来事に遭遇する

そのEさんは影響力の結構あるブログの書き手だ

そのEさんはB、C,、Dさんのコメントをキャプチャーした内容で

炎上批判の記事を投稿したのだ、それも深夜に

彼は月に何回もバズを起こしていたし、私自身かなり多くのブログをウォッチしているブロガーなのでこの批判記事が炎上するのは投稿してすぐに10ブクマ付いた段階で想像がついた

なぜ冷や汗をかいたのかそれは私はBさんの事を良く知っていたからだ

そのBさんはまだブログの影響力や広がりの大きさを知らない

まだブログをはじめたばかりのBさんがこの炎上に巻き込まれれば意図せずとも才能の芽を潰してしまうだろう、深く傷付くだろうそう思い深夜に私のフォロワーでもあったEさんにメッセージを送った

正論と批判

Eさんが怒っている事はもっともだしその気持ちもわかる

だがBさんは意図せずそのコメントをした、きっと法令違反を擁護するつもりではなく近しい友人に軽い気持ちで話しかける感じで書き込んだのだろう

見る人によってその軽い気持ちで書かれた言葉は受けとり方が違う

もしそのAさんの記事を批判する記事にBさん、Cさん、Dさんをさらし者にし巻き込むのであればそれはその人達が傷付く事になるし、まだ何も知らない人達の成長の機会や失敗を取り返す機会を失うのではないかと私はEさんに伝えた

Bさんには直接今後そういう事が無い様に話すからと私は伝えた

だが、Eさんはその記事は法令違反を擁護する記事とそれを取り巻くコメントに対する正当な批判記事だと言った

私は深夜0時半を回ってぶっちゃけ次の日4時に起きて仕事にいかなければいかなかったのでこのメッセージを送り深夜にやりとりしている事が正しいのか分からなかった

だがここで引いたらまだボヤが立ちこめる程度だが取り返しがつかない事になるかもという思いがあって踏みとどまった

深夜の批判記事へのメッセージのやりとりとその後

結果から言うと彼の意志は変わらなかったもし修正を求めるのであれば本人から直接言ってくれという話に着地した

私はBさんに寝ているのは返信が無いから分かったが起きたら色々さらされる可能性もあるので(リアルに支障をきたす懸念があった為)早朝にブコメを消す様、その他諸々の対応策をする様メッセージを入れてその日は終わった

私は早朝に仕事に向かい帰って来てメッセージを確認すると了解した旨が書いてありブコメも消され、その他にも対応はされていた

そしてその炎上批判記事は100ブックマークを越えていたので日中にはてなのトップページに来たのではないかと推察出来る

炎上を批判する記事に付いて

私は知識の無い知り合いが今回は巻き込まれる形となったので対応したのだが

実際の所その炎上に関する批判に対して

影響力のあるブロガーが一種の方向性を持たせて投稿した場合には必要以上の暴力的な投稿になってしまうのではないかと思っている

いくらAさんが軽い気持ちで擁護する様な内容を書いてしまったと記事に上げても多くの炎上に参加するプレイヤーの意見に掻き消されてしまう

私から見ても(最初の投稿は見てない)意図して擁護した訳ではなく、それが法令違反だという認識すらなかったのだろうと感じた

それが根本的に間違っているという意見が出て来るのは道理だ

だがそこに本当に優しさはあるのだろうか

自分達の正義を間違っていないと大きな力を持って主張すれば

言い方は悪いが自分の正義を信じて戦争する様な連中と同じになってしまうのではないだろうか

相手の言葉を汲む気持ちが無ければ相手の失敗を挽回し反省する機会すら逸してしまう

ただの力で相手を批判する事には「自分の正義はあっても」「優しさや慈しみの心」は無いのではないだろうか

力のある人や炎上に参加する人にも、もう一度考えて欲しい

もっと違う方法で解決する事も出来ないのか

その批判記事には優しさはありますか?と

 

追記

言い方は悪いが自分の正義を信じて戦争する様な連中と同じになってしまうのではないだろうか(訂正後)

言い方は悪いがISISの様な連中と同じになってしまうのではないだろうか

ISISという表現には誤りがありました。自分の正義を妄信して戦いを起こしてしまうものという意味での表現でしたが不適切であったと思います、訂正させて頂きました

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