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あなたに綴る。とあるブログの黙示録

 

人に謝らせるのと教えるのは違う!

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おはようございます、今朝方悪夢を見まして夢の中で過去のトラウマと少し向き合って来ました。夢の中でブチギレていましたね、泣いてるんでなくて怒っている方で良かったのかなと思います。目が覚めてから記憶を念じ続けておいてブログに題名だけメモしておきました、そんなお話しです

人に謝らせる事と教える事は違う

自分には何個かトラウマ的な物があるのですが、それは時々夢の中にやってきます

1年に2回くらいでしょうか、どんな理由があって夢に現れるのかは分かりません

その時の話を少しだけお話しさせてください

 

私は高校卒業後にファッションの勉強でフランスに留学しようと思っていてある服飾の学校に通っていました

デザインなどを教えて貰っていたのはパリコレクションにも出している様な名だたるブランドでの仕事の経験のある方々です

皆さんご存知かわかりませんが日本の学校は入るのが難しいけど卒業するのは簡単、海外の大学は入るのは簡単、卒業するのが難しいと言われています

その学校にはデザイナーや専門職を目指す学生達が北は北海道から南は沖縄まで色々な地域からやってきます

 

みんないいやつらばかりで学生時代の思い出はほんと良い思い出がたくさんあります。飲んでから公園で飲み直して、気付いたら沖縄から来た友人がいなくなっていて、酔って事故にでも合うんじゃないかと探しまわったら公園のトイレと茂みの間で寝ていたり

そのまま友人の家にみんなで転がり込んで朝迄遊んだり、女性の多い学校だったので皆で泊まった先の女の子の部屋で女装させられてしまったり化粧させられたりなんていう最初はそんなたわいの無い日常を楽しんでいました

矢沢あいさんのnanaに出て来る東京に出て来たななちゃんと美大生の仲間達みたいなあんな雰囲気が近いかもしれませんね

ですが段々と本格的に学校の授業が始まってくるとそんな穏やかな日々は遠くへ行ってしまうのでした

その学校は就職○○%という風に実績を公表していて、自分の夢にしていたデザイナー職になるという気持ちで全国から学生が集まります

ですがその実態は超が付くスパルタ教育でした

 

朝9時〜夕方6時までが学校の授業ですがだいたいの生徒は朝8時〜夜8時頃迄デザインだったり服の縫製や製図なんかをしていましたね、その授業や自主的な作業が終わってからも家に帰って課題をやります

また生地代や服飾資材の代金がめちゃめちゃ掛かるのでみんなバイトします。私の場合は平日週3日地元でバイトして、週末2日もバイトしていました

仕送りがある人もいますが多くの友人達もバイトしながら勉強していましたね

 

なぜそこまで必至に勉強や課題に取り組むのか、またその費用の捻出に頑張るのかと言うとその学校の特有の評価基準があった為です

普通筆記試験などでは100点満点で90点、70点などと評価をされると思います

その学校は扱っている物が洋服の作品やデザイン画の為、1ヶ月に1回来る提出日にデザインのコンセプトやデザイン画を綴じた作品集、ジャケットやコート等自分で製図から縫製迄やった洋服の提出によって評価されるのですが、A+、A、A-、B+、B、B-、このあとにC+、C、C-と続いてその後は未完成(パフィニ)という風な評価がなされます

プロの仕事であればある一定の水準を満たせていなければ仕事として評価出来ないという学校側の基準の為です。洋服の一カ所でも縫い合わせている糸が切れていたら未完成(パフィニ)扱いです。この未完成(パフィニ)ですとその月の評価は0点です

未完成(パフィニ)を年間3回だかすると留年確定なんですね、C評価が続いた場合もです

みんなお金を貯めて社会人経験をしてから学校に通ったり、お金に余裕のある人ばかりではないので必至です

 

とにかく課題の多い学校だったので私は当時3年間ほとんど平日は2時間〜4時間、休日に5時間睡眠くらいがデフォルトでした、とにかく眠くて眠くてミシン踏んでいる時の手元の針が2重に見えたり(手を縫って救急車で運ばれた友人も)、縫製を教えた貰った先生の後ろで見てて意識が飛んで頭突きしそうになったり、作品の提出が間に合って帰りの電車に乗るもふと気付いたら自分の駅を通り過ぎて終点までいって、戻ったら逆っかわの終点迄付いてしまう、意識が飛んで帰るのに時間が掛かってしまうなんて事もありました

 

それは私だけじゃなくてほかの人もそう、ほんと究極の状態でしたね

3年間の学生生活で1年目で4割、2年目でそのうちの2割、3年目でそのうちの1割くらいかな?最後に残るのは精神的にも肉体的にも技術的にも厳しい環境に耐えられる人達だけでしたね

その究極状態の中でも卒業コレクションに向けた作品作りは困難を極めます。洋服のコンセプトからデザイン、製図、縫製、小物の制作、作品集の作成、モデルハントなど全部やるのですが、終盤に向かっているのにデザインにダメだしされて振り出しに戻るなんて子もいました

もうね作業する時間は限られてて出来る時間も限られているんですよ

1日2時間睡眠なら1週間でこれだけ時間を捻出する事が出来る、バイト先の休憩中にボタンこれだけ縫おうとか、もう必死です

そんな状況でやってて完成までいけるんじゃないのかという所でボロックソにダメだしされてボロボロ泣き出す女の子とか真近で見たりしていたんですよね

人に教えてあげる際には厳しさの中にも優しさを

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その学校の教育方針で厳しく教える事や就職させてあげる事がとても大事というスタンスで学校の先生方はいたのですが、卒業してから思い返して見ると、とにかく上からけちょんけちょんにダメだして謝らせる、分からせるというのと教えるのは違うだろうと今になっては思うんです

当時通っていた学校の男性の先生は1人抜かして全員そっちの人(体と心が合ってない的な)人だったので特に女子生徒に対するアタリはほんと強かったですね

もうめちゃくちゃのけちょんけちょんなコメントでデザインセンスからアイディアから批判されまくるんですが、やっぱり何か新しい物を生み出そうという風になる時や、進んで勉強しよう良くして行こうという時って楽しんでいる時じゃないのかなって今になっては思います

 

これは会社の先輩後輩や部下上司の関係、ネット上の関係なんかでもそうじゃないかなと思います、相手の気持ちを汲み取らないで上の立場から組み伏せるのは結局の所相手の身にはならないんですよね

自分はそんな環境で長い間過ごしていたのでそうそうな事では怒る事ないですし、むしろ相手に教えてあげる時には良い部分を8割褒めて、悪い部分を2割叱るくらいの方が良いのかなって思ったりしています

なんともまとめ様の無い記事なんですが、人に何かを教えてあげる際の参考になれば良いかなと思います

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